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仙台地方裁判所 昭和32年(ワ)461号 判決 1960年7月13日

主文

被告うの、軍寿、はるの、芳夫、半治郎、岩蔵、喜之助、とみゑ、佳子、和子、みつ子、よね子は、別紙第一目録記載の土地につき仙台法務局長町出張所昭和三十一年十二月二十四日受附第四千百二十二号をもつてした昭和二十七年六月四日は相続により被告うのが持分二十一分の七、同軍寿、はるの、芳夫、半治郎、岩蔵、喜之助及び訴外板橋八十二が各持分二十一分の二を取得した旨の移転登記の抹消登記手続をせよ。

被告伝次、久太郎、教彦及び軍次郎は、同目録記載の土地につき同出張所同年同月二十八日受附第四千二百八十九号をもつてした被告うの、軍寿、はるの、芳夫、半治郎、岩蔵及び喜之助の持分の同日は売買を原因として被告伝次、久太郎が各持分百二十六分の十九、同教彦、軍次郎が各持分百二十六分の三十八を取得した旨の各移転登記の抹消登記手続をせよ。

被告軍次郎は、同目録記載の土地につき同出張所昭和三十二年一月二十五日受付第二百十一号をもつてした同月二十四日付売買を原因として訴外板橋八十二の二十一分の二の持分を取得した旨の移転登記の抹消登記をせよ。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、主人と同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、別紙第一目録記載の土地は、もと訴外板橋百之助の所有であつたところ、宮城県農地委員会は、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第三十条に基き、昭和二十二年六月六日右土地につき買収の時期を同年七月二日とする未墾地買収計画を樹て、仙台市長に委嘱して同月九日その旨の公告をし、かつ同日から二十日間仙台市役所において右買収計画書を縦覧に供し、異議の申立がなかつたので、宮城県知事は昭和二十三年一月三十日買収令書を発行して同日訴外百之助に発送し、右買収令書は翌日頃同訴外人に到達した。

二、宮城県農地委員会は、昭和二十四年六月頃売渡計画を樹立するため右土地を実測し、同年九月頃右土地と他の土地を併せてその上に別紙第二目録記載のとおり新地番を設定したうえ、同法第四十一条に基き、売渡の時期を同年十一月一日、売渡の相手方を同目録記載のとおり原告ら及び訴外小島浅吉と定めた売渡計画を樹立し、その頃公告、縦覧に供したが、異議の申立がなかつたので、宮城県知事は右売渡計画を認可し、同年十二月一日売渡通知書を発行して、同日原告ら及び訴外小島浅吉に発送し、右売渡通知書は翌日頃原告らに到達した。

三、しかるに、宮城県知事が本件土地の買収ならびに売渡処分による所有権取得並びに移転登記手続を準備中、訴外百之助は昭和二十七年六月四日死亡したのであるが、その相続人である妻被告うの、その子被告軍寿、はるの、芳夫、半治郎、岩蔵、喜之助及び訴外板橋八十二は相続により本件土地の所有権を取得したと称し、昭和三十一年十二月二十四日相続を原因として被告うのが持分二十一分の七、その余の者が各持分二十一分の二の移転登記手続を経由し、さらに被告うの、軍寿、はるの、芳夫、半治郎、岩蔵、喜之助は同月二十八日各自の全持分のうち、被告伝次、久太郎に対し各百二十六分の十九、被告教彦、軍次郎に対し各百二十六分の三十八を売り渡し、同日その旨の移転登記手続を経由し、又訴外板橋八十二は昭和三十二年一月二十四日、その持分全部を被告軍次郎に売り渡し、翌二十五日その旨の移転登記手続を経由した。

四、しかしながら、別紙第一目録記載の本件土地は、前記のように宮城県知事が自創法第三十条により訴外百之助より買収し、新地番を設定したうえ、自創法第四十一条により原告らにこれを売り渡し、原告らは昭和二十四年十一月一日別紙第二目録記載のとおり本件土地を取得したものであるから、訴外百之助の相続人である被告うの、軍寿、はるの、芳夫、半治郎、岩蔵、喜之助及び訴外板橋八十二は訴外百之助の死亡により本件土地の所有権を相続するに由なく、従つて、被告伝次、久太郎、教彦、軍次郎が右百之助の相続人らより本件土地の持分権を買い受けたとしても、その持分権を取得できない。

のみならず、本件土地は原告らにおいて昭和二十三年三月三十一日頃引渡を受けて開墾し、被告伝次、久太郎、教彦、軍次郎が本件土地の持分権の売買契約を締結した当時、既に現況畑になつていたのに、右持分権の移動につき農地法第三条による宮城県知事の許可を受けていないから、右売買契約は無効である。

従つて前記三、の持分移転登記は抹消せらるべきものである。

五、訴外板橋八十二は昭和三十二年六月二十三日死亡し、その妻被告とみゑ、その子被告佳子、和子、みつ子、よね子がその遺産を相続した。

六、前記遺産相続並びに売買による本件土地に対する持分権移転登記は抹消せらるべきであり、国は右登記の抹消登記手続を経由した上、昭和二十四年十二月一日付売渡処分に基いて、原告らに対し、所有権移転登記手続をなすべきであるのに、これを履践しないから原告らは国に代位して、被告うの、軍寿、はるの、芳夫、半治郎、岩蔵、喜之助並びに訴外八十二の相続人たる被告とみゑ、佳子、和子、みつ子、よね子に対し主文第一項掲記の移転登記の、被告伝次、久太郎、教彦、軍次郎に対し主文第二項掲記の移転登記の、被告軍次郎に対して主文第三項掲記の移転登記の各抹消登記手続を求めるため、本訴に及んだ、と述べ、

被告らの主張事実に対し、

一、本件土地の大字名が買収令書には「〓の口」と表示され、また売渡通知書には「富沢」と表示されていることは認めるけれども、元来本件土地の所在地域は古くから一般に「〓の口字西の平」または「富沢字西の平」と呼ばれており、昭和二十三年頃から附近に漸次住宅が建築されるに至り、「長町」なる正式大字名が使われるようになつたものである。従つて、本件買収計画書樹立当時は一般に「大字〓の口字西の平」「富沢字西の平」と呼ばれていた。

仙台市には他に「西の平」と称する地区は存在しない。のみならず、宮城県農地委員会が昭和二十二年五月十日仙台市長に委嘱して未墾地買収計画を樹立するため、本件土地の実測をした際、本件土地の当時の所有者である訴外百之助はその実測に立ち会い、本件土地の境界を実地に指示しているのであるから、早晩本件土地が買収されるものであることは当然予知していたものである。

従つて、買収令書に表示の「仙台市〓の口字西の平二番の一」なる土地は、正確には「仙台市長町字西の平二番の一」の本件土地であることは、百之助は勿論、その他の利害関係人にも明瞭に了知できる筈であるから、右の程度の瑕疵は本件買収処分を無効ならしめる程度のものとはいえない。しかも、訴外百之助は昭和二十三年七月頃宮城県知事に対し、本件買収令書には「長町字西の平」と記載すべきであるのに「〓の口字西の平」と誤記している旨申出たので、同知事は右申出により同人の承諾を得て「長町字西の平」と訂正しており、かつ同人は昭和二十五年一月二十八日本件土地の買収の対価を異議なく受領しているのであるから、本件買収処分の瑕疵は治癒されたというべきである。

また、原告らに対する本件売渡通知書には、本件土地の大字名を「長町」でなく「富沢」と表示されていることは前記のとおりであるが、本件土地の所在地区は一般に単に「西の平」と呼称されており、仙台市には他に「西の平」地区は存在しないから、本件売渡通知書において「富沢字西の平」と誤つて表示しても、右誤りは被売渡土地の同一性を害するとはいえない。なお、宮城県知事は昭和三十三年七月十九日原告らに対する売渡通知書の大字名として「富沢」とあるのを「長町」と更正し、翌二十日その旨原告らに通知しているから、本件売渡処分の瑕疵もまた治癒されたというべきである。

二、被告らは、補助参加人国が自創法に基き、本件土地を買収し、後これを原告らに売り渡したとしても、未だその所有権移転登記を経ていないのであるから、その所有権の移動をもつて前所有者から持分を譲り受けその移転登記を経由した被告らに対抗できない旨主張するのであるが、自創法による農地又は未墾地の買収処分は農地改革を目的とする行政処分であり、国は買収地の所有権を原始的に取得するのであつて、民法上の売買ではないから、民法第百七十七条の規定は適用の余地がない。また、買収処分の効果は、従前の所有者から買収地の譲渡を受けたものに対しても及ぶことは、自創法第三十四条、第十一条の規定によつて明らかであるから、仮令その譲渡につき所有権移転登記を経由しても、その譲渡を以て国または国より売渡を受けたものに対抗することはできない。

従つて、登記の有無による対抗問題を生ずる余地はない。

三、被告らは国の農地(未墾地)買収処分は公権力による一方的行為であつてそれによる所有権の取得は原始取得であり、自作農創設特別措置登記令、同施行細則に登記義務に関する規定がないことを理由に被告らに登記に応ずる義務がない旨主張するのであるが、実体的に権利変動があつたのに実体関係と符合しない登記が存在する場合、その名義人は実体関係と一致させるよう協力しなければならない義務がある。のみならず、自作農創設特別措置登記令第六条第二項は明らかに登記義務者の存在を前提とした規定である。

従つて、右登記令と不動産登記法は特別法と一般法の関係にあるものであつて右登記令に規定がないものは当然不動産登記法の適用があるものと解すべきである、と述べた。

被告ら訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、

一、請求原因一、の事実中、本件土地がもと訴外百之助の所有であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。請求原因二、の事実中、宮城県農地委員会が原告ら主張のとおり本件土地につき新地番を設定したことは認めるが、その余の事実は知らない。

請求原因三、の事実中、宮城県知事が本件土地につき買収ならびに売渡処分による所有権取得登記手続を準備中であつたことは知らないが、その余の事実は認める。請求原因四、の事実中、本件土地の持分権の売買契約につき宮城県知事の許可を受けていないことは認めるが、その余の事実は否認する。仮に、右売買契約の当時本件土地の現況が畑であつたとしても、それは原告らが何らの権限なく、本件土地を開墾したことによるものであるから、右売買契約につき農地法第三条による知事の許可を必要としないものである。請求原因五、の事実は認める。

二、原告らは別紙第一目録記載の本件土地につき宮城県農地委員会が買収計画を樹立してその公告をし、宮城県知事が右計画に基き訴外百之助に対し買収令書を交付して買収したと主張するのであるが、右買収計画書、買収令書によれば、買収の対象となつたのは、仙台市大字〓の口字西の平二番の一山林四町四反九畝七歩のうち四町六畝二十歩であり、本件土地は仙台市長町字西の平二番の一の山林であつて、同市大字〓の口地内には本件土地はないから、右買収処分は本件土地に対するものでなく、結局本件土地に対する買収処分は存在しないものである。

仮に右買収処分をもつて、本件土地に対する買収処分であり、「長町」とすべきところを「〓の口」と誤記したものであるとしても、仙台市内には大字〓の口なる地区は存在しないのであつて、土地台帳の編別が大字をもつて区別されていることを考えれば、土地の表示において、その大字名を誤記したことは、重大な誤謬であり本件土地を表示したものとは到底認めることはできないから、結局右買収処分は当然無効であつて、訂正することは許されない。

又、原告らの売り渡しを受けた土地は、仙台市富沢字西の平の山林であつて、本件土地ではない。仮に本件土地についての売り渡しであるとしても、売渡通知書における右大字名の誤りは、右買収処分における場合と同様の理由によつて、重大な誤りであるといわねばならないから、本件土地の売渡処分は無効である。

三、仮に本件土地の買収ならびに売渡処分が適法であるとしても、補助参加人国ならびに原告らは、未だ本件土地についての所有権取得登記を経ていないのであるから、本件土地の持分権を譲り受け、その登記手続を了した被告伝次、久太郎、教彦及び軍次郎らに対し右買収ならびに売渡処分に基く本件土地の所有権取得をもつて対抗できない。

四、仮に右主張が理由がないとしても、自創法に基く未墾土地(農地)買収は、国家公権力による一方的行為であつて、国の未墾地取得は原始取得と解されている。従つて、国と被買収者の関係は一般私法上の権利承継に関する法理は適用されないのであつて、被買収者は登記義務者の立場に立たないものである。このことは自作農創設特別措置登記令及び同施行細則に不動産登記法におけるように登記義務者の規定がないことや同令第六条第二項の規定をみるとき、その間の事情は明らかであるから、登記義務者でない被告らを相手方とする原告らの本訴請求は理由がないというべきである。と述べた。

立証(省略)

理由

一、別紙第一目録記載の土地がもと訴外板橋百之助の所有であつたことは当事者間に争いがない。

成立に争いがない甲第一号証、証人柴森英行の証言により真正に成立したことが認められる甲第四、第七号証、方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものであることが認められるから、真正な公文書と推定する第十二号証、成立に争いがない乙第一号証、第二ないし第七号証、証人菅原正志、牛田義治、柴森英行、中島高吉、菊田繁二の各証言、原告組合代表者佐藤太二本人尋問(第一ないし第三回)、原告高橋利蔵本人尋問及び取下げ前の原告小島浅治本人尋問の各結果を総合すると、宮城県農地委員会は、別紙第一目録記載の土地全部につき未墾地買収計画を樹立するため、仙台市の協力を得て昭和二十二年春頃訴外百之助の立会の下に右土地測量し、その実測面積を四町六畝二十歩と測定したうえ、昭和二十二年六月六日自創法第三十条に基き、買収の時期を昭和二十二年七月二日とする該土地の買収計画を樹立し、その旨を公告し、同月九日から同月二十九日迄仙台市役所において買収計画書の縦覧を行つたので、宮城県知事は右買収計画に基き昭和二十三年一月三十日買収令書を発行し、その頃これを訴外百之助に交付したこと、県農地委員会は、別紙第一目録記載の土地と、その他の土地を併せて別紙第二目録記載のとおり新地番を設定し、昭和二十四年九月頃同第二目録記載のとおり原告ら及び訴外小島亀吉に対し、売渡の時期を同年十一月一日と定めて売り渡す旨の売渡計画を樹立し、宮城県知事は、同年十二月一日右計画に基き売渡通知書を発行し、昭和二十五年二月七日それぞれ原告らに対し、これを交付したこと、本件土地の表示として、右買収計画書には、「大字芦の口字西の平二番の一、台帳山林、現況山林跡、台帳面積四町四反九畝二十七歩、買収面積四町六畝二十歩」と、右買収令書には、「仙台市大字芦の口字西の平二番の一、山林四町六畝二十歩」とそれぞれ記載され、右売渡通知書には、売渡土地の表示として、「仙台市長町字西の平」と記載すべきところを「仙台市富沢字西の平」と記載されていたこと、本件土地の所在地域は、古くから一般に「芦の口字西の平」又は、単に「西の平」と呼称されており「長町字西の平」と正確に呼称されるようになつたのは、昭和二十四、五年頃から附近に市営住宅等の住宅が立ち並ぶようになつてからであること、宮城県知事は昭和三十三年七月十九日「仙台市長町字西の平」と正確に記載した売渡通知書を再発行し、これを原告らに交付したことが認められる。

しかして、右認定事実に当裁判所に顕著な次の事実、すなわち、仙台市には「芦の口」なる大字は実在せず、また「大字富沢」なる所はあるが、それは「西の平」と隣接していて「大字富沢字西の平」という所はなく、しかも「西の平」と呼ばれるところは本件土地の所在地区以外には実在していないという事実を併わせ考えれば、本件土地の買収令書に記載された「仙台市芦の口字西の平」なる表示ならびに売渡通知書に記載された「仙台市富沢字西の平」なる表示は、いずれも「仙台市長町字西の平」を指称するものであることは被買収者被売渡人等は勿論その他のものにも明認し得るものと認むべきであるから、被告らの指摘する買収並びに売渡処分の土地の表示上の前記誤謬は、本件土地の買収、売渡処分の無効原因とするに足りる重大な瑕疵ということはできない。なお、被告ら訴訟代理人は、本件土地四町四反九畝二十七歩のうち四町六畝二十歩についてのみ買収された旨主張するのであるが、本件土地全部につき、買収計画が樹立せられ、買収処分がなされたものであり、買収計画書には「台帳面積四町四反九畝二十七歩」「実測面積四町六畝二十歩」と記載せられ、買収令書には「面積四町六畝二十歩」と記載せられていることは前認定のとおりであり、前出乙第七号証によれば、買収令書には買収対価を算出するための基礎となるべき実測面積のみが記載せられたものであることが明らかであるから、右主張は理由がない。

二、本件土地の被買収者である訴外百之助が昭和二十七年六月四日死亡し、被告うの、軍寿、はるの、芳夫、半治郎、岩蔵、喜之助及び訴外板橋八十二が遺産相続人であること、同人らが相続により本件土地の所有権を取得したと称し、仙台法務局長町出張所昭和三十一年十二月二十四日受附第四千百二十二号をもつて、被告うのが持分二十一分の七、その余の者が各持分二十一分の二の相続による移転登記を経由したこと、さらに被告うの、軍寿、はるの、芳夫、半治郎、岩蔵及び喜之助が同月二十八日各自の全持分のうち被告伝次、久太郎に対し各百二十六分の十九、被告教彦、軍次郎に対し各百二十六分の三十八を売り渡し、同出張所同日受附第四千二百八十九号をもつてその旨の持分移転登記を経由したこと、又訴外板橋八十二が昭和三十二年一月二十四日その持分全部を被告軍次郎に売り渡し、同出張所同月二十五日受附第二百十一号をもつてその旨の持分移転登記を経由したこと、訴外板橋八十二が昭和三十二年六月二十三日死亡し、被告とみゑ、佳子、和子、みつ子、よね子がその遺産を相続したことは、当事者間に争いがない。

訴外百之助に対する本件土地の買収処分が有効であることは、前叙のとおりであるから、同訴外人の相続人である被告うの、軍寿、はるの、芳夫、半治郎、岩蔵、喜之助及び訴外板橋八十二は相続により本件土地の持分権を取得できないことは勿論であり、従つて、相続を原因とする主文第一項掲記の持分権移転登記は何ら実体関係を反映しない無効な登記であるといわねばならない。

原告高橋利蔵、原告組合代表者佐藤太二(第二、第三回)本人尋問の各結果によれば、原告組合が売り渡しを受けた別紙第二目録記載の八番の土地は同組合が昭和二十二年二月頃から現在に至る迄組合員の採草地としてこれを使用し、原告大友が売り渡しを受けた同目録記載の六番の一、二は同原告において、原告高橋が売り渡しを受けた同目録記載の十番の一、二は同原告において、訴外小島亀吉が売り渡しを受けた同目録記載の七番の一、九番の一、二は同訴外人及びその子浅治らにおいて、それぞれ懇開し、昭和二十四年夏頃迄には畑地として困難な傾斜地、道路敷地及び屋敷等を除いて、全地域の八割以上の地域を開墾し、昭和三十五年一月頃訴外小島浅治が自ら開墾した右地域の一部を宅地化したのを除き、以来今日迄畑としていも、豆、麦類等を耕作してきたことが認められ、被告板橋軍次郎本人尋問の結果は信用しがたく、乙第八、第九号証その他の証拠によつても右認定を左右することができない。

被告うの、軍寿、はるの、芳夫、半治郎、岩蔵及び喜之助と被告伝次、久太郎、教彦及び軍次郎との間の売買契約がなされた昭和三十一年十二月二十八日訴外板橋八十二と被告軍次郎との間の売買契約がなされた昭和三十二年一月二十四日当時は本件土地の現況が畑であつたことは前記認定によつて明らかであるところ、被告らが右各売買契約につき宮城県知事の許可を受けていないことは被告らの自白するところである。

被告ら訴訟代理人は、本件土地の現況が畑になつたのは、原告らにおいて権限がないのにこれを耕作したためであるから、右各売買契約につき知事の許可を必要としない旨主張するのであるが、前記売渡処分が有効であることは前記認定によつて明らかであるから、原告らの本件土地の開墾はその権限に基くものであるというべきである。

そうすると、被告らの前記売買契約は、いずれも農地法第三条により知事の許可を得ていない以上、その効力が生じないといわねばならない。従つて、被告伝次、久太郎、教彦及び軍次郎は前記売買契約により本件土地の持分権を取得していないのであるから、前記売買を原因とする主文第二、第三項掲記の持分権移転登記は何ら実体関係を反映しない無効な登記といわねばならない。

三、本件土地についての買収ならびに売渡処分は有効であること前記のとおりであるから、補助参加人国は右買収処分により昭和二十二年七月二日その所有権を取得したものであり、原告らは右売渡処分により昭和二十四年十一月一日別紙第二目録記載のとおり新地番に基きその所有権を取得したことが明らかである。従つて、補助参加人国は右買収処分に基き本件土地についての取得登記手続を経由し、さらに新地番に基く登記を得たうえ、各原告らに対し移転登記手続をする義務を有し原告らは補助参加人に対しその移転登記手続を求める権利を有するものであるところ、補助参加人が右買収処分による本件土地の所有権取得登記手続をするためには、主文第一ないし第三項掲記の相続又は売買を原因とする登記の抹消が当然にその前提となるところである。

被告ら訴訟代理人は、未墾地買収処分はいわゆる権力作用であつて一般私法の適用がないことを理由に、被告らが前記持分権移転登記の抹消登記義務を負わない旨主張するのであるが、未墾地の買収及び売り渡しにおける所有権の移転についても、都道府県知事の職権嘱託により移転登記をなすべきことは、自作農創設特別措置登記令の定めるところであり、宮城県知事が本件土地につき所有権移転登記の嘱託をなすには、被告らの前記持分取得登記の存在が障害となること明らかであるから、被告らは、国に対し該持分登記の抹消登記手続をなすべき義務があること、多言を要しないところである。

よつて、被告うの、軍寿、はるの、芳夫、半治郎、岩蔵、喜之助及び訴外板橋八十二の相続人である被告とみゑ、佳子、和子、みつ子及びよね子に対し主文第一項掲記の持分移転登記の抹消登記手続を、被告伝次、久太郎、教彦、軍次郎に対し、主文第二項掲記の持分移転登記の抹消登記手続を、被告軍次郎に対し主文第三項掲記の持分移転登記の抹消登記手続を求める原告らの本訴請求は、その理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

別紙

第一目録

仙台市長町字西の平二番の一

山林四町四反九畝二十七歩(実測面積四町六畝二十歩)

第二目録

一、仙台市長町字西の平八番 山林六畝歩(内旧二番の一該当部分は五畝歩)

売り渡しを受けた者 原告 鉤取開拓農業協同組合

一、同所六番の一 山林一町八畝三歩(内旧二番の一該当部分は一町六畝三歩)

売り渡しを受けた者 原告 大友春雄

一、同所六番の二 山林四反五畝歩(内旧二番の一該当部分は四反歩)

売り渡しを受けた者 原告 大友春雄

一、同所七番 山林二反八畝歩(内旧二番の一該当部分は二反六畝歩)

売り渡しを受けた者 訴外 小島亀吉

一、同所九番の一 山林九反歩(内旧二番の一該当部分は八反七畝歩)

売り渡しを受けた者 訴外 小島亀吉

一、同所九番の二 山林五反歩

売り渡しを受けた者 訴外 小島亀吉

一、同所十番の一 山林九反四畝十五歩(内旧二番の一該当部分は七反四畝十五歩)

売り渡しを受けた者 原告 高橋利蔵

一、同所十番の二 山林四反五畝歩(内旧二番の一該当部分は一反八畝歩)

売り渡しを受けた者 原告 高橋利蔵

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